その空間は誰のための空間?
誰のためと言えば、利用者のためではないでしょうか。 空間を作る際に関係者がイメージするのは人のいない空間です。 人のいない空間を想定して心地よさを追求できるわけがありません。
利用者がそこでどんな行動をするのか、どれくらい滞在するのか、ターゲット層は?様々なことをイメージすると思います。
この考えも大事です。
しかしオープンしてから人が出入りすると無人の状態とは異なりますから、オープン後にいろいろと調整する必要があります。
落ち着く・楽しいひと時の作り方
みなさんが落ち着く・楽しいと感じる空間は、実は音響面を丁寧に設計していることが多いです。
下記の図をご覧ください。
これは心地よさを実現するための設計レベルです。
点線以下の項目は多くの現場で取り入れられている作業内容となっていて、ほとんどは下位の音楽配信サービスで留まっていることかと思います。
その次の音響機器・設置箇所の選定についても、一見考慮されていそうな現場をちらほら見かけますが、あまり機能していません。
では点線上位の項目を見ていきましょう。
まずオリジナル音源制作。実際にこれを行っている現場はほとんどないでしょう。 音源制作会社はいくつもあります。しかしこうしたオリジナル音源の制作を良しとする、あるいは必要不可欠と考えるクライアントのオーナーは少ない印象です。
オリジナルにする必要性をあまり感じられない方が多いんじゃないかと思いますが、これにはおそらく上位2項目が関係しているように感じます。
というのも、上位2項目を考慮した上でオリジナル音源をその空間で流すと、驚くほど機能するからなのです。
「オリジナルと既存で何がどう違うの?」
と思う方はたくさんいらっしゃいます。
別にオリジナルではなくても良いのではないか、むしろ音そのものが必要ないのではないか、と僕でさえ思うことがあります。 でも、ここはオリジナルじゃないとダメだ!ということもあります。
既存で賄える範囲は
・コンセプト
・雰囲気
一方、オリジナルは
・コンセプト
・雰囲気
・テンポ
・反響との調和
・細かい演出設計
・人々の行動
など様々なことを考慮して、そこに最適な音空間を体現することができます。
ただし勘違いしてはいけないのは、オリジナルの場合でもコンセプト・雰囲気のみを体現しているだけでは、いくらオリジナルでも心地よくはならないとういことです。
これら以外の項目まで考慮することが必須です。
各レベルごとのイメージ図
遮音・ノイズマスキング
この項目は主にオフィス系の空間が該当しますが、高級料理店や落ち着きをテーマとした他の空間にも当てはまります。
そこで流れる音楽や会話音をしっかりとゾーニング(区分け)することが、落ち着きを生み出すスタートラインになることでしょう。
ゾーニングを怠って、あらゆる音が混在すればするほどカジュアルなお店や空間になっていきます。
そして次に最後の項目となります。
利用者が求める「過ごし方」をイメージする
今回の本題になります。
うっかり見落とされている部分です。
もちろんインテリアとの関係性と従業員の視点で音響を考えることも、決して間違いではありません。 ただその空間を最終的に多く利用する人はお客様です。
その人たちの「過ごし方」が一番大事なのに、インテリアや工事の関係性だけにとどめてしまっていることが問題なのです。
それが原因でスピーカーやコンテンツの質、空間の反響・演出を悪化させている現状が、かれこれ数十年は続いているのではないでしょうか。
空間、使い方、働き方が多様化する現代でこのようなことをしていては、表面上の心地よさしか提供することはできません。
ではどんな点を考慮すべきなのか。
灰色箇所は遮音・マスキング項目、右側のその他項目が「利用者視点」の項目になります。
一例ですが、上記のイメージ図をご覧ください。 今までの項目はあくまで空間との関係性を重視していましたが、設計レベルの最上級では空間だけではなく、利用者の視点をもっとも考慮しています。
この視点は訓練しないと取得できません。 どうやって訓練するか、それはあらゆる施設へ赴き自ら肌で体験することです。 これが一番身につく方法です。
音響学的、行動学的データなども参考にはなりますが、現実はデータを裏切ることが多いと思ってください。 知識として得ることには何の問題もありませんが、実践で使えるのはごく一部です。
上記例の項目で解説していくと、まずピンク色の項目「お客様に疲労感を与えないよう周波数を調整しよう」、これは施設で体感してみるとわかりますが、音楽は良くても音圧や特定の楽器音がきつく聞こえて不愉快に感じることがあります。
少しでもこれを感じてしまうと、マイナスな印象を持たれてしまいます。
次に黄色の項目。 従業員間の会話や業務上の話が漏れないようにするために、サービス空間とスタッフ空間の間にスピーカーを置いてうまくマスキングできるような音を流します。
ケースとしてあまり数は多くありませんが、私が受けた案件ではサービス空間とオフィス空間が一体化されていてたため、このような対策をする必要がありました。
従業員の視点と同時に、利用者の視点としても捉えることができます。Googleの口コミをみれば、従業員の会話が目立ってしまうとお店の評価が落ちてしまうことは一目瞭然ですよね。サービス空間は利用者にとって、楽しみたい・落ち着きたい空間であり時間なのです。
そして緑色の項目。
時間帯で演出することは一般的に行われています。ですがこれをもっと深掘りすることが、より心地良い時間を提供することにつながります。
掘り下げるとは、お店の視点で演出を考えつつ、利用者がその演出をどう感じるのか、周辺環境との関係性を踏まえてイメージすることです。イメージしにくい部分もあると思いますので、まずはお昼と夜はそれぞれどういう演出をすればもっと利用者が楽しく感じられるのかなどを、すでにある施設で実際に試して体感しながら感覚を身につけてみるのがいいでしょう。
専門職に就くとどうしてもその分野で物事を考えてしまいがちです。なので素人になったつもりで物事を考えたり、音の分野に携わっていない友人や知人などにどういう体験を求めているのか聞いてみたりするのがいいと思います。
最後のオレンジ色の項目。
「あらゆる環境を考慮する」、これが重要な考え方です。
環境デザインにも通じる話ではありますが、やはり音響の部分は一般人には伝わりづらく、また設計がおろそかになっていることが多いです。 中規模店舗と大規模店舗や大型施設では考慮する点が異なりますが、少なくとも下記の要素は音響のデザインをする前に必ず調査します。
・空間の面積・パースから読み取れる情報
・ターゲット層
・発生しうる環境音
・来場者にどう過ごしてもらいたいのか。
既存のBGMであろうがオリジナルであろうが、この4点を調査しないと少なくとも音響のデザインとは言えないでしょう。
音は調味料なんかではなく、出汁と同じくらい空間の基礎を作る重要なものなのです。
空間を作る方々にもぜひ、音の大切さを感じてもらいたいと思っています。
株式会社神山聴景事務所
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