神山聴景事務所の取組解説。
今回は2022年4月にオープンした羽田イノベーションシティ内にあるAI_SCAPEの聴景デザインをご紹介します。
AI_SCAPE
概要
ロボットと人が 共に社会課題を解決する 新しいレストランの実証実験。
ロボットと人が共に生きる未来。 共に人類の課題を解決する未来。 フードロスや人材不足などの社会課題に ポストコロナ時代の衛生問題など。 人だけでは解決出来ない課題を 人の「愛」とロボットの「AI」が共生し 解決していこうとする場所が、 「AI_SCAPE」です。
公式ウェブサイトより
レストランといえば、ジャズ、R &BのBGMがよく使われていますがこの空間は特別で、ロボットが料理と配膳をする体験型レストランになっています。したがって通常のBGMでは独自性が薄れてしまうかもしれずさらにエンタメとなると、音楽や照明でガンガンに晒されることが多いのでそれらに起因する疲労感を軽減しながらエンタメとして成立するような環境作りをしてみました。
聴景特性
一般的なレストランとの違いはロボットが調理・配膳をするエンタメと飲食のコラボレーションという点とオフィスが併設されている点にあります。
エンタメ要素は欲しいけど音楽の煩わしさでオフィスに影響が出たりそもそも騒がしいだけの空間になってしまうのは避けたいなというのが弊社の見解でした。
下記の絵を見てみると、まず左側にこのお店の運営をしているオーナー様の社員用スペースがありそのすぐ右隣にはレストランブースがあります。そしてレストランブースのさらに奥には調理・配膳をしているロボットのスペースがあるのですが、ここから機械音が常時聞こえてくるのが主な音響的な特性となっていました。
音がない場合、ここにはロボットの調理音と配膳するロボットの機械音やその他のモーター音で空間は満たされているでしょう。
さらに左のオフィススペースからは時より社員の声が漏れてくるかもしれません。
利用者からしてみるとロボットが調理配膳している景色を楽しめる一方、料理提供までに少し時間を要するため当社では聴覚的に楽しめることができ且つ疲れない環境作りをしたほうが満足度や継続利用に貢献できるのではと考えました。
聴景デザイン方法
今回のポイントは下記の2つ
・ロボットの機械音を遮音すること
・ロボットと食の親和性を音で表現すること
ではまずどんなことから聴景デザインを始めていったのでしょうか。
スピーカーの配置場所
スピーカーの場所はレストランスペース左側にあるドリンクサーバー付近と調理スペース手前に設定しステレオ仕様にしました。
音をLRどちらかに振ることができ演出や遮音対策がしやすくなるというのがステレオ仕様にした理由です。
レストランではお客さんの頭上やその付近にスピーカーが設置されていることが多く、そうなると大きな音量により体験を存分に楽しめなくなってしまうことがあります。
音楽のテンポが速く、音量も大きいと回転率の高いお店っぽくなってしまうので、当社としては空間の品を保つため客席に配慮した設計に努めました。
今回の遮音対策はロボット機械音が対象になるのでR側にマスキングできる音を流せば問題防止と満足度向上に寄与できるわけです。
実際はそんな簡単にはいきませんが。
一方オフィススペースからの音漏れはその音量が大きければ深刻ですが、機械音に比べるとそこまで問題化するような内容ではなさそうでした。
スピーカーのスペック
今回使用したスピーカーは広指向性天井埋込型スピーカーでした。
皆様がお店で耳にする音を出力しているスピーカーは音の聞こえる範囲が狭くまた真下に音が向かうため空間面積に対して多くのスピーカーを入れなければならず、さらに真下にいると圧迫感を抱きやすくなります。
そのためこのような広範囲に音が渡りかつ真下に音が届かない設計になっているスピーカーを使用すると、より遮音効果のある聴景音の特性を活かすことができるようになり、さらに音質も良い点から臨場感を与える空間にも寄与することができるのです。
・音の伝播範囲
ステレオ仕様にすることのメリット
モノラルは「単一」を意味し左右のスピーカーからは同じ音が流れますので、大きなアレンジをすることが難しいですが、ステレオは「立体」を意味し特定の音を左右に振ることができるので演出に適しています。
このステレオの特性を利用してLRの音量バランスや音の定位を振り分け遮音効果を向上させました。
・モノラル
・ステレオ
・振り分けL to R、R to L
ステレオだからこそ可能な方法ですので、もし心地よさを生み出すために遮音という選択を検討されている方は音響機器をステレオ設定にしておくことが良いでしょう。
聴景音の仕組み
こちらから今回の聴景音をご視聴ください。
Part 1
Part 2
これらの聴景音は時間帯で分けており、Part 2がランチタイム、Part 1がディナータイムという構成になっていてリズムも軽快とちょっと重たいもの2つのタイプを用意しました。
聴くとわかりますが、いろんな音が左右非対称に聞こえてきませんか?
各音の音量もまばらです。
そしてノイズのような音があるのですが、これが今回遮音するにあたって超重要な音になっています。
この音は実際のロボットモーター音を録音していてそれを曲に入れることでノイズをマスキングをしているのですが、ただノイズの音を使用するのは誰でもできます。
その先が大事な取り組みで、空間全体にノイズの音を流す必要はなくて、図面右側のロボットモータ音の発生源に近いスピーカーにノイズやその他の音(ドラムスやシンセサイザーなど)を寄せるような設計にしました。
さらに音数も左より右のようが多い構成になっているので左側のスピーカーから聴景音を聴いてみると右側よりも落ち着いた印象を受けると思います。
特にドラムスはR側に寄せています。
・演出
聴景音の音量は一般的な飲食店よりも大きい値に設定しています。
ここはエンタメとしての要素が大きく、せっかく音を流すならオリエンタルランドのように音でも盛り上げてみたかったのでこのような取組みをしてみました。
一瞬音量の大きさに驚くかもしれませんが徐々に慣れることでしょう。
(もしかしたら運営側で音量を変更しているかもしれません)
また広指向性スピーカーだからこそ、このような構成でも広い範囲に音が届くので変な音の偏りを感じないのかなと思います。
・会話に配慮した周波数調整
人間の声の周波数帯域はおよそ300~1000Hzと言われています。
この値の周波数を調整せずに音量を大きくすると音の圧迫感をかなり受けるでしょう。
それと同時に帯域が被っているので自身の声が通りにくくなります。
通常みなさんが聴いている音楽ではこの値が重要なので上記のように下げるといった調整はしませんが、空間となるとそうはいきません。
鑑賞ではなく背景音としての立ち位置なので、通常の音楽とは異なる調整をしないといけません。
下げ幅は空間特性によりますが、今回は4~8dBほど下げました。
これ以上下げすぎると逆に音がスカスカになり迫力にかけてしまいますのでその間を取ってこの値に設定しました。
これは現場で幾度となく調整をし得られた数値であり、イメージだけで辿り着くことは困難です。
・ロボットノイズをより楽しめる音に変換
まず録音したノイズをサンプリングし特に活用できる部分を探します。
素材探しってやつですね。
10秒ほどのサンプルですが、この短い尺でも全尺を使うことはなく、最適な長さや音を探しこのように範囲を決めていきます。
意外と時間がかかる作業で、いいのがなかったら録り直しなんてことはざらにあります。
この作業が終わったら、聴いてもらったノイズのように音階をつけて録音していきます。
なるべく同じフレーズやリピートをしないように心がけました。
聴景音の大きな特徴は別のブログで紹介したいと思いますので、これらの情報を踏まえてぜひ空間を体感してみてください。
終わりに
最後まで同ブログを読んでいただきありがとうございました。
皆さに「聴景デザイン」が社会と密接なものであることをより理解していただけると幸いです。
株式会社神山聴景事務所
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